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“小森のおばちゃま”

 昨日、ラジオのニュースが8日に小森和子氏が亡くなったと伝えました。享年95歳、映画評論家として、またテレビタレントとして活動されていた方でした。

 小森氏の名前を聞いても、最近の方はお分かりにならないかと思います。何しろここ10年もの間は活動を休止して、自宅療養をしていたそうですから(詳細はYahoo!ニュースを参照してください)。だけど、20歳代半ば以上の方でしたら、「おばちゃまはね~」というフレーズと共に思い出される方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 テレビニュースの情報によると、小森氏が映画評論をするようになったのは、淀川長治氏の影響を強く受けたからだとか。淀川氏といえば映画評論の第一人者ですけど、この人も「サヨナラ、サヨナラ」というキャッチフレーズを残しています。そんな強い個性の持ち主の薫陶を受けたから、小森氏もあのように「おばちゃま」とか「小森のおばちゃま」と自称するようになったのかもしれませんね。

 そんな淀川氏も平成10年(1998)に亡くなり、それから約7年が過ぎようとしている今年に入って小森氏が亡くなった。同時代に活躍した映画解説者としては、他に水野晴郎氏や高嶋忠夫氏がいます。けれど、既に二人とも第一線から退かれています。だから、彼女の死によって、映画史上における「昭和」が完全に終わってしまった。このように思うのは、私だけでしょうか。とにもかくにも、御冥福を祈り致します。

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起請文と今の世の中

 現在、私は『鹿児島県史料 旧記雑録』を読んでいます。この史料は、江戸時代に編纂された島津家にまつわる書状や系譜などを纏めた歴史書です。この資料集は島津氏の歴史を調べるのに大変有益です。ただ、この史料は明治時代に編纂された物なので、書状の年代比定がおかしかったり、編纂者が間違った註を付けていたりするので、取り扱いには非常に注意を要します。

 けれど、中世の南九州の事を詳しく知る手だてがない。だから、頑張って読んでます。

 ところで、この史料を読んでいていつも思うのですが、人間って、奇麗事ではとてもじゃないけど生きていけないんですねぇ。祖父母の世代などは「約束は必ず守らなければならない」と、孫たちに教えて聞かせます。そうしなければ、「あいつは信用のならない!」と、冷たい目で見られてしまうから。しかし、中世の人々は約束を守らなくても、別段平気だったようですよ。

 そのことが明確に現れるのは、当時の人々が契約書として出し合っていた「起請文」です。起請文とは、グループを作ったりする時などに、牛王宝印の裏に約束事と神仏の名前を書いたもので、「ここに書かれている約束事を破った時には、神や仏の罰を受けてもかまわない」と宣誓します。

 しかし、Aという領主が去年はBと起請文を交わしたのに、この年はBと敵対するCと起請文を交わした。それがばれたので、今度はこのゴタゴタを解決してもらうために、Eという領主と起請文を交わし、調停役に入ってもらっている。このように、現代社会でもおきり得そうな出来事が、記録としてこの史料集には載っているのです。

 多くの社会学者や心理学者は、「昔は良かった」ことを証明するために、歴史をよく利用しています。しかし、彼らが『旧記雑録』を見たら、こうした考えは一気に吹き飛んでしまうかもしれませんね。なぜって、こうした人々が「理想郷」として見ていた昔だって、実際には今の世の中と変わりがないのだから。

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